現代資本主義論ノート

―河村シナリオ(*)と宇野段階論―

岩田 弘

 

(*)河村哲二『パックス・アメリカーナの形成』(東洋経済新報社1995)

 

目次

Ⅰ.パクス・アメリカーナ資本主義とパクス・ブリタニカ資本主義

Ⅱ.フォードシステムの登場とアメリカ型新産業革命の開始

――パクス・ブリタニカ資本主義との異質性――

Ⅲ.過渡期としての両大戦間期 ――「大恐慌」の歴史的特殊性

Ⅳ.戦後資本主義としてのアメリカ型新資本主義

――アメリカ型生産システムの限界とジャパン型生産システムの相対的合理性――

Ⅴ.90年代における新I T革命・新産業革命の開始とアメリカ型生産システムの終幕

――グローバルな分散・並列・ネットワーク型生産システムの登場としての新産業革命――

Ⅵ.アメリカ型旧資本主義の終幕と中国・アジア資本主義の台頭

――それは21世紀型新資本主義の登場を意味するか?――

1.パクス・アメリカーナ資本主義とパクス・ブリタニカ資本主義

A)河村パクス・アメリカーナ資本主義

  • 河村シナリオによれば、パクス・アメリカーナとは、第2次大戦中の戦時経済を媒介にして、また終戦直後の過渡期を経て、50年代に成立するアメリカ的世界経済システム。

  • これを支える物質的基礎は、アメリカ型生産力・生産システム。これもまた、第2次大戦中の兵器生産――戦車、装甲車、兵員・物資の輸送用車両、航空機などの生産――を媒介にして、50年代に、アメリカ産業の主軸的生産力・生産システムとして確立する。

  • 20世紀初頭に登場し、20年代に大発展を遂げるフォード型生産システムは、その第1次的登場にとどまる。それは大戦中の兵器生産を媒介にして50年代にはじめてアメリカ型大量生産システムとして確立する。

B)パクス・アメリカーナ資本主義と「社会主義経済圏」

  • 河村シナリオでは、ソ連東欧中国の「社会主義経済圏」は、パクス・アメリカーナ資本主義のローカルな構成部分(それを前提にする半アウタルキー的な特殊的構成部分)となっている。

  • かってのスターリンの「一国社会主義建設」も、実体的には、資本主義の世界経済を前提にしつつ半アウタルキー的なロシア国民経済の重工業化、機械工業化、そのための国家的な組織化を目指すものであったが、戦後の「社会主義経済圏」も、その拡大版か?

  • ソ連東欧社会主義の自己崩壊は、その半アウタルキー的な国家的組織化の破綻。中国の改革開放は、その自己否定、パクス・アメリカーナへの積極的参入か?

C)パクス・ブリタニカ資本主義の段階論としての宇野段階論

  • 河村パクス・アメリカーナには次の根本問題あり。それは宇野段階論に接続するのか、それとも発展系列を異にする異質な新しい資本主義の登場か、という問題である。

  • 宇野段階論は、実際には、パクス・ブリタニカ――イギリスを中心とする世界システム――の発展段階論となっており、第1次大戦前夜の古典的帝国主義はその最後の段階、また大戦の勃発はその終幕であった。

  • 宇野の帝国主義段階の生産力的基盤は、鉄・石炭のコンビネーションによる内陸型重工業であり、またこの重工業の発展を世界的に牽引してきたのは、実際には19世紀中葉以来の鉄道投資と鉄道建設であった。

  • 宇野段階論は、自由主義段階の基軸産業としてイギリス綿工業だけを取り上げているが、実際には、綿工業と鉄鋼業の2軸体制(前者が主軸、後者が副軸)。綿工業の拡張を金融的に主導したのは、ロンドン貨幣市場の世界的な貿易為替金融。鉄道投資、鉄鋼業の拡張を金融的に主導したのは、ロンドン資本市場における直接・間接の鉄道証券の発行(国有鉄道の場合には国債、公債の発行となる)。

  • こうした連関による第1回目の鉄道ブームは40年代初頭のイギリス鉄道建設。2回目は、50年代初頭のアメリカ、大陸ヨーロッパの鉄道建設(これはマルクスに経済学研究のやり直しを迫るほどのブーム)。60年代は中断期(これはアメリカ、大陸ヨーロッパの戦乱による)。3回目は、70年代初頭のアメリカ、大陸ヨーロッパの鉄道建設ブーム。このブームによって、鉄道投資―鉄鋼業の連関が産業的蓄積の主軸となり、貿易為替金融―綿工業の連関はその副軸へと転化。

  • 以上が第1次大戦前夜における古典的帝国主義の重工業生産力の実際の形成過程であるが、ヒルファディング、レーニンは、唯物史観的観点から、これを資本主義的生産関係のコントロールを超える生産力の登場とし、その矛盾の発現形態として金融資本的独占体の形成を位置づけた。――資本主義の最後の最高の発展段階としての金融資本的帝国主義。宇野段階論は基本的にこれを継承。宇野が第1次大戦とロシア革命以後を社会主義への世界史的移行期とする根本理由は、この点にある。

  • 河村パクス・アメリカーナは、以上のようなパクス・ブリタニカの発展段階系列にも、したがって、宇野帝国主義論の重工業生産力にも、したがってまた、それに対応するアメリカ自身の内陸型重工業(中西部重工業)にも、接続していない。それは、新しいアメリカ的型生産力・生産システムの登場と、それを基盤にする新しいアメリカ型資本主義の登場となっている。

  • 果たしてそうか? ハウンシェルの最近の著作「アメリカン・システムから大量生産へ 1800―1932」は、それに対する一回答となっている。

 

Ⅱ.フォードシステムの登場とアメリカ型新産業革命の開始

――パクス・ブリタニカ資本主義との異質性――

A)ハウンシェル「アメリカン・システムから大量生産へ 1800―1932」が意味するもの

  • ハウンシェルによれば、「アメリカン・システム」(アメリカ型生産システム)とは、機械機器製品への互換性部品の採用、あるいは、互換性部品の生産とそのメカ的アッセンブルによる機械機器製造業の登場。

  • だが、互換性部品の使用は、今日の常識とは異なり、コスト削減要因ではなく、コストアップ要因。その理由は、各加工段階ごとに加工精度を測定するための多種多様なゲージシステムの開発。専用工具や専用工作機の開発。専用治具や、工作対象物の正確な位置決めのためのセッティング装置などなどの開発と、それらの製造部門を要したからである。

  • しかもゲージや工具は摩損や不適切使用によって欠損する消耗品であり、とりわけ多種多様なゲージは、それぞれにマスターゲージ、検査用ゲージ、作業用ゲージの三種類を要し、作業用ゲージは絶えず更新を要する補助的製造品であった。

  • 以上のようなコストアップ要因にもかかわらず、そうした互換性部品採用の最大のメリットは、専門知識や技術的素養のない一般ユーザや現場セールスマンにとってのメンテナンスや修繕の容易性にあった。故障部品さえ交換すれば簡単に修繕できたからである。

  • いわゆるアンテベラム期(独立戦争から南北戦争にいたる時期)において、そうしたコストアップ要因にもかかわらず、互換性部品使用の製品の最大の、ほとんど唯一の推進者となったのは、アメリカ陸軍であった。互換性部品の使用は戦場での一般兵士による小火器のメンテナンスや修繕を容易にし、その実効性を高めたからである。そして実は、アメリカ陸軍に対してこうした互換性小火器の合理性を最初に教え込みそれを固定観念にまで高めたのは、フランス陸軍の啓蒙思想、18世紀の合理主義思想であった。

  • アメリカ陸軍のスプリングフィールド工廠こそは、こうした互換性小火器(いわゆるスプリングフィールド銃)の生産拠点であり、互換性部品の生産のためのゲージシステムの開発、各種専用工具や治具の開発、精密位置決め装置やフライス盤などの専用工作機の開発などは、このスプリングフィールド工廠によるものであった。そして南北戦争以後、ここからその技術や人材が他の製造工業部門へと徐々に供給され移転されたのであって、 80年代におけるミシンへの互換性部品の採用(ミシンはアメリカの独自製品)、次いで90年代の収穫機(刈取り、結束、脱穀、袋詰などのコンビネーション機、これもアメリカの独自製品)の製造や、さらには90年代中期の安全型自転車の製造などが、それである。

  • だが、これらの製造業における互換性部品の使用は、なお部分的であり、重要機能部品や消耗部品にとどまっていた。またこれらの製造業自体も、アメリカ産業の主軸に属するものではなく、その外側で発展してきたいわば傍流の産業であった。当時のアメリカ資本主義の資本蓄積全体を主導したものは、ロンドン資本市場――鉄道投資――鉄道建設の連関によるアメリカ鉄鋼業の発展やそれと関連する重機械産業だったからであり、またそれがパクス・ブリタニカの発展系列に属するアメリカ重工業でもあった。

  • このことは、ハウンシェルのいう「アメリカン・システム」(アメリカ型生産システム)が、アメリカの主軸産業の発展系列のなかからではなく、それとは異質な製造業の発展系列のなかから、すなわち、一般ユーザやかれらを相手にする一般セールスマンによるメンテナンスを不可欠とする特殊な製造業のなかから、発展してきたことを意味する。

  • そしてこうした「アメリカン・システム」をさらに大きく変革し、コスト削減、製品価格引下げ、マスプロ、マスセールの手段へと転化したものが、20世紀初頭におけるフォードシステムの登場であった。ハウンシェルのいう「アメリカン・システムから大量生産へ」である。

B)「アメリカン・システム」の「大量生産」システムへの転化とアメリカ型新産業革命の開始

――それはアメリカ型新資本主義の登場を意味するか? ――

  • 以上のようなフォードシステム登場の経緯は、その特徴が次の点にあることを意味する。

  • 第1 ――多数の多種多様な互換性部品の内製・自社生産。 自動車は、小火器やミシンや収穫機や自転車などとは異なり、多数の多種多様な部品のアッセンブル体(T型車で部品点数5000点といわれている)であり、それらの自社生産のためには多数の生産部門、作業部門から編成される複合的な工場システムを要する。

  • 第2  ――多種多様な補助的生産部門。互換性部品の生産のためには、その部品点数をさらに上回る多種多様なゲージシステムや、専用工具や、工作対象の位置決めシステムや、専用工作機などの開発・生産のための補助的生産部門を要する。

  • 第3  ――必要な場合の素材・材料の内製・自社生産。互換性部品の精度は、加工精度だけではなく、加工対象物の材質の一定範囲内での均質性に依存する。こうした素材・材料を外部調達できない場合には、フォードはそれを自社生産しなければならなかった。

  • 第4  ――工程順序による職場、工場のレイアウト。それに応ずる各種機械の系統的配置。これは、互換性部品の生産のためには、加工工程の各段階でその対象物を測定し、許容誤差を超えるものは廃棄しなければならぬ必要から生ずる。

  • 第5  ――アッセンブルの階層性(互換性部品の各種ユニットへのアッセンブルとそれらのユニットの製品への最終アッセンブル)。これはベルトコンベアによる移動式アッセンブルの登場の直接の前提であった。じっさい、14年に特定の1ユニットのアッセンブル部門でコンベアが採用されると、翌年にはシャーシへの各種ユニットの組付けをも含むほとんど全部門でコンベアが採用されることになった。

  • 第6  ――コンベアによる移動式アッセンブル・システム。一般には、これがフォードシステムの特徴とされているが、それは、以上の経緯からも明らかなように、互換性部品の体系的な生産システムの最終的な結果にすぎず、後者こそがフォードシステムの基礎的特徴とされなければならない。

  • 以上のようなフォードシステムの登場は、アメリカ型大量生産システムの最初の登場を意味する。

  • それは、鉄道建設・鉄鋼業の連関を主軸とするアメリカ重工業の発展のなかから出てきたものでなく、それとは異質な製造業――互換性部品の採用を不可欠とする一般ユーザのための製造業――の発展のなかから出てきた特殊アメリカ的な大量生産システムであった。

  • それは、以上のようなものとして、アメリカ型新産業革命の開始を意味する。そしてこれは、アメリカ型新資本主義の端緒的な登場を意味する。

  • だがこの場合、注意すべき点は、こうした新産業革命、新資本主義は、自動車産業部門以外の機械機器製造部門やその他の一般産業部門には容易に波及しなかったということである。そしてこれは、互換性部品使用のスプリングフィールドシステムが容易に他の機械機器製造部門に波及しなかったのと同じ理由による。

C)アメリカ型新資本主義(パクス・アメリカーナ資本主義)の登場についての河村シナリオの功績

  • 河村シナリオによれば、フォードシステムによるアメリカ型新産業革命の開始は、アメリカ型新資本主義の端緒的な登場ではあっても、直ちにはその確立を意味しない。

  • そのためには、第2次大戦の兵器生産による特殊な媒介を必要とする。これらの兵器生産は、互換性部品のアッセンブルによる大量生産という点では自動車産業と同質的であるが、その一般製造業への波及を妨げていた最大障害要因をこの兵器生産は取り除くからである。そしてこの最大障害要因とは、そうした大量生産システムの編成のためには膨大な設備投資と経費を要するということである。国家予算による兵器生産はそれとは最初から無縁であった。

  • こうした兵器生産を媒介にして、アメリカ型大量生産システムは、ようやく50年代にアメリカの主軸的な産業システムとして確立する。そしてこれによって従来の重工業は、この主軸産業に対する素材供給産業の地位へと後退する。

  • それゆえ、アメリカ型新資本主義(パクス・アメリカーナ資本主義)の確立は50年代とされなければならない。

  • ここから振り返ると、両大戦間期は、それへの第1次的な過渡期となる。

 

Ⅲ.過渡期としての両大戦間期 ――「大恐慌」の歴史的特殊性

A)従来型重工業と新興産業との2軸性

  • 両大戦間期の主軸産業は、なおまだ、内陸型重工業、重機械・重電機産業であるが、鉄道建設時代の終了のために大戦前夜のような発展力はなく、アメリカの産業的蓄積全体に停滞基調をもたらしていた。

  • 自動車産業は、急速に発展しつつあるダイナミックな新興産業ではあったが、なおまだアメリカの産業的蓄積全体を牽引するだけのボリュームと馬力はなかった。

  • こうした産業的停滞を金融市場で反映するものが過剰資金の滞留。ヨーロッパとアメリカとの間を浮動。28年から29年にかけてのアメリカ株式市場への還流と株式ブーム。

B)過渡期の特殊現象としての「大恐慌」

  • 29年のアメリカ恐慌は、株式市場恐慌であり、直接には28年から膨れ上がった株式バブルの崩壊によるもの。

  • 31年秋のポンドの金決済停止によるヨーロッパ金融市場の混乱とも相まって、3回にわたるアメリカ銀行システムの決済危機、いわゆるシステミック・リスクを引き起こす。

  • このシステミック・リスクの特殊アメリカ的な要因は、アメリカ銀行システムのローカル性、すなわち、連邦主義的伝統のために、アメリカ貨幣市場が単一の中央銀行を頂点とする統一的な貨幣市場として機構的に整備されていないことによる。(ちなみに、こうしたローカル性は第2次大戦後にも残されており、ドル為替は基軸為替として機構的に整備されることなく、68年秋には金決済停止に追い込まれた。)

C)侘美「大恐慌」論の問題点

  • 侘美大恐慌論は、その産業的原因を、ビッグビジネスによる寡占価格の下方硬直性に求めているが、それは、戦時経済を経て50年代に成立する、ビッグビジネス、ビッグユニオン、ビッグガバメントの結託による寡占価格の押上げ機構(いわゆるクリーピング・インフレーション機構、平田アメリカ資本主義論)の、30年代への前倒し的適用であろう。

  • アメリカ恐慌のスパイラル的深化の産業的原因は、いったん産業的蓄積がストップするとそれを再起動するエンジンがこの時代のアメリカ産業に欠如していたことによる。そしてそれが、さきにみた両大戦間期におけるアメリカ産業の2軸性、すなわち、伝統的な主軸産業は既にくたばっていたが、新興の自動車産業にはまだその全体を再起動するだけの馬力がなかったという特殊事情であろう。(勃興しつつあるアメリカ型新資本主義と旧型アメリカ資本主義との2軸性。後者はパクス・ブリタニカ資本主義のアメリカ的構成要素、しかもなおこれが主軸)

  • 以上の点に関しては、吉富大恐慌論に言及する必要あり。そのマクロ分析的、需要分析的性格。

  • 補足的考察 (資本主義的企業、資本主義的国民経済のバランスシート分析・損益計算書分析とGNP分析について) ――資本主義的企業、国民経済のバランスシート的分析、損益計算書的分析は、重商主義経済学、古典経済学、『資本論』以来の伝統的な再生産論、資本蓄積論の根幹をなす。これに対しGNP分析は、いわゆる付加価値分析、V+Mの分析、しかもフローの結果論的分析であり、その成長率分析や構成要素分析は、財務省的な課税基盤分析やケインズ的な需要政策分析の道具。その矮小性に注意。それは、資本蓄積のダイナミックな動因分析、したがって真の意味での資本主義的経済成長の分析とはなりえない。ケインズ的マクロ分析の非現実性。シュンペータ流の創造的破壊論の方がはるかに現実的。そしてこうしたダイナミズムが、この時代の新興産業としての自動車産業の特徴、だが馬力不足。

 

Ⅳ.戦後資本主義としてのアメリカ型新資本主義

――アメリカ型生産システムの限界とジャパン型生産システムの相対的合理性――

A)部品内製・垂直統合型の巨大システムとしてのアメリカ型製造業

  • 数千点、数万点の部品生産とその多角的・多重的アッセンブルとしての製造業、――その2大部門としての機械機器産業と電機電子機器産業。

  • これが戦後世界の主軸産業、世界市場産業としての製造業。アメリカ製造業の特徴は、ビッグビジネスによる部品内製の垂直統合型巨大システム。

  • 重工業はもはや主軸産業ではなく、その地位は、製造業に対する素材供給産業へと後退していること。

  • しかも、50年代における中東原油の大規模開発、大量供給、価格低落、エネルギー・輸送革命のために、内陸型重化学工業は衰退。それと対照的な臨海コンビナート型重化学工業の台頭。――これが産業構造の大変動を加速した戦後の最大のオイルショック。

B)アメリカ型製造業の歴史的制約性とその技術的非合理性

  • アメリカ型大量生産システムの部品内製、自社生産主義は、専門部品産業、ユニット産業が存在せず、それを自社の内部でみずから組織しなければならなかったという歴史的事情に起因する。

  • だがこれは、専門部品産業、ユニット産業の技術的成立条件が成立するとともに、技術的制約に転化する。

  • 技術的合理性は、各種部品、ユニットの外注、アウトソーシングとファウンドリー、アッセンブルの専業化、それらの多角的・多重的なネットワークシステムへと傾斜する。

  • アメリカ型大量生産システムの成功体験は、それを固定観念化し、それに固有の内部的利害関係を作りだしたのであろう。

  • しかもこうした固定観念は、ヨーロッパ、ソ連へと輸出され、後者を経由して中国にも持ち込まれることになった。ソ連の援助による長春第1汽車の建設はその典型であろう。

  • 以上のようなアメリカ型生産システムの歴史的成立事情とその技術的非合理性は、ジャパン型生産システムの相対的合理性を浮かび上がらせる。

 

C)部品外注、系列・下請システムとしてのジャパン型生産システム ――その技術的合理性と限界

  • 日本の場合にも、多数部品のアッセンブル型の製造業に大きな推進力をもたらしたのは、第2次大戦中の兵器生産。アメリカ型の部品内製・垂直統合型の生産システムは、ナチス勝利の栄光を纏ってドイツ型流れ作業システムとして日本に持ち込まれようとしたが、日本の兵器産業、機械工業にその基盤はなく、その緊急代替物として登場したのが、町工場、納屋工場まで動員する部品生産システムであった。系列・下請型の分散・ネットワークシステムとしてのジャパン型製造業。

  • だが、戦後における技術的発展、とりわけ品質管理技術と材質の改善は、その互換性を保障するものとなり、また系列システムはその技術的指導システムとなった。

  • さらにまた、臨海コンビナート型の重化学工業、素材産業の発展は、それに対する均質な素材の供給保障となった。

  • 以上のような条件整備とともに、ジャパン型製造業は、垂直統合型のアメリカ型生産システムに対して、分散ネットワーク型の生産システムとしての技術的合理性やコスト的優位性を明らかにした。

  • いわゆる「看板方式」や「リーンシステム」は、部品アッセンブル型産業における分散ネットワークシステムを前提にする。

  • これが、世界市場産業としての日本の電機電子機器産業、機械機器産業の登場であり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」としての日本製造業の登場である。

  • だが、90年代における新IT革命、新産業革命とそれによるグローバルでオープンな分散・並列ネットワーク型生産システムの登場は、系列・下請システムというジャパン型のネットワークシステムの閉鎖性と限界性を明らかにすることとなった。(後の日産のゴーン革命 ――下請系列システムの解体と市場原理によるその再編は、この点に関連する。)

 

Ⅴ.90年代における新I T革命・新産業革命の開始とアメリカ型生産システムの終幕

――グローバルな分散・並列・ネットワーク型生産システムの登場としての新産業革命――

A)80年代におけるパソコン革命の発展 ――伝統的なアメリカ型生産システムとの異質性

  • アメリカにおけるパソコン革命の端緒は、日本における電卓戦争の産物としてのインテル4ビットMPUの登場。(70年代初頭)

  • 8ビットMPUの登場とパソコン革命の開始。(70年代末)

  • 16ビットMPUの登場によるパソコン革命の加速

  • IBMのパソコン事業への参入(81年)。(IBMは部品内製、OS、アプリケーション内製、システム構築・メンテナンスの垂直統合型の巨大多国籍企業)。だが、メーンフレームとパソコンとの異質性のためにパソコンの自社生産を組織しえず、CPU、OS、その他重要パーツ、ユニットを外注。(外注パーツやユニットのアッセンブル機としてのIBM PC)

  • IBM PCを標準モデルとする多数の互換機メーカの登場とその急速な発展。これを背景にするインテル・マイクロソフトの独自的発展。これに伴う各種パーツ・ユニットメーカ、アプリケーションメーカの急速な発展。

  • これを背景にする台湾・アジアにおけるパソコンバーツ、ユニット産業の急速な発展とパソコン産業のグローバル化。

  • パソコンの高速化、高機能化、マルチタスク化、低廉化とパソコンネットワーク(LAN)の普及、クライアント・サーバシステムの登場

  • クライアント・サーバシステムの高機能化、高速化、低廉化。これによるメーンフレーム・端末システムの代替の開始。

  • 90年代初頭におけるIBMの経営危機。――いわゆる「ダウンサイズ革命」によるIBM危機(ガースナー)。

B)90年代における新IT革命と分散・並列・ネットワーク型生産システムの登場、 新産業革命の開始

  • 90年代前半の新IT革命――クライアント・サーバシステムによるメーンフレーム・端末システムの代替。これに強制されてIBMのガースナー革命が始まる。

  • 90年代後半の新IT革命――インターネット革命。クライアント・サーバシステムのインターネットによる多角的結合。そのための高性能ルータ、超並列サーバ、大容量ストレージ(高速・大容量のハードディスクの並列的連結体)等々の登場とブーム。これにドット・コムブーム、携帯電話ブームが重なる。

  • 情報機器の内部構造の特徴は、独立機能ユニットのデジタル信号回路によるネットワーク的結合体という点にある。

  • 情報機器のこうした内部構造は、その生産システムとして、独立機能ユニットやそのパーツのグローバルな分散・並列・ネットワーク型生産システムの登場を必然にする。

  • こうした生産システムの電機電子機器産業全般への波及、そこからさらに機械機器産業への波及。

  • 機械機器産業への波及の今日的焦点は、グローバルな分散・並列・ネットワーク型産業への自動車産業の世界的再編。 ――自動車産業における新たなM&Aの大波、それによる企業集団の再編、これらの企業集団の内部における各種部品やユニットやモジュールの共通化は、その第1段階。

  • 新産業革命とは、以上のようなグローバルな分散・並列・ネットワーク型生産システムへの産業の世界的再編。

C)垂直統合型のアメリカ型生産システムの終幕、 生体システムへの端緒的接近としての新産業革命

  • 以上のような新産業革命は、垂直統合型のアメリカ型生産システムの外側で、パソコン革命を起点にして発展してきた新しい異質な産業革命であり、したがってその拡大深化は、フォードシステムを起点とするアメリカ型生産システムの終幕を意味する。

  • この新産業革命は、独立機能部品やユニットのデジタル信号回路によるアッセンブルを特徴とするが、この場合デジタル信号とは、0と1の第1次集合を文字コードとし、第2次集合を単語とし、第3次集合を文とするアルファベットタイプの文字言語にほかならない。したがってそれは、それらの部品やユニットの文字言語によるコミュニケーションであり、またこれによる分業と協業の編成であり、コントロールである。そしてこれに対応する生産システムが、コミュニケーション・ネットワークを神経回路とするグローバルな分散・並列・ネットワーク型の生産システムとなるわけである。

  • 以上のような意味において、90年代に始まる新産業革命は、その製品の内部構造からみても、その生産システムからみても、生体システムへの端緒的接近としてよいであろう。生体システムの特徴は、独立的に機能する各種生体器官や各種細胞や生体高分子などの生体言語によるコミュニケーションシステムであり、またこれによる生態諸組織の分業と協業の編成やコントロールだからである。

  • ちなみに、生体言語は2種類の文字言語。第1は、四つの塩基の第1次集合を文字コードとし、第2次集合を単語とし、第3次集合を文とするアルファベットタイプの文字言語。DNAやRNAが使用。第2は、蛋白質の立体構造それ自体を文字コードおよび単語とし、その組織間の受け渡し機構を文とする中国語タイプの文字言語。ホルモン系や免疫系や神経系がこれを使用。

  • では、インテルの4ビットMPUから始まったこうした新産業革命は、それに対応する新資本主義の登場を意味するか?

 

Ⅵ.アメリカ型旧資本主義の終幕と中国・アジア資本主義の台頭

――それは21世紀型新資本主義の登場を意味するか?――

A)アジア産業の2重性 ――アメリカ型大量生産システムの特殊的構成部分としてのアジア産業と新産業革命のグローバルな生産基地としてのアジア産業

  • アメリカ型大量生産システムの特殊的構成部分としてのジャパン製造業

  • 韓国製造業の特殊的地位

  • アメリカ西海岸に始まる新産業革命のアジアにおける先駆的構成部分としての台湾情報機器産業、その大陸中国への波及。

B)新産業革命のグローバルな生産基地としての中国産業の台頭

  • 改革開放政策の当初の産業的目標はアメリカ型大量生産システムの導入。そのための企業集約政策と海外大企業との合弁政策。

  • だが、家電産業やバイク産業などにおける激烈な市場戦争、それによるこれらの産業の輸出産業、世界市場産業への発展のために、上記の産業政策は実質的に破綻。

  • これを通じて、中国の電機電子機器産業は、グローバルな分散・並列・ネットワーク型産業の生産基地――新産業革命のグローバルな生産基地――へと徐々に転化。

  • その機械機器産業への波及。その今日的焦点としての中国自動車産業。

  • これは、中国自動車市場の潜在的な巨大性と世界の大企業の中国自動車産業への参入による。――世界的な自動車産業再編の主戦場としての中国。

  • これは、中国自動車産業において、独立専業型のパーツ産業やユニット産業やモジュール産業の成長を促進し、アウトソーシングとファウンドリー重層的ネットワークを作り出し、中国自身のアッセンブル専業型の自動車産業の台頭を必然にする。そしてこれは、既に部分的には始まっている。

  • それが意味するのは、自動車産業のパソコン型産業への接近か? 家電やバイク並みの激烈な市場戦争の開幕とそれを媒介にする輸出産業、世界市場産業への転化か?

C)グローバルなネットワーク型資本主義としての中国・アジア資本主義の台頭

  • 新産業革命、新資本主義は、インテルの4ビットMPUの登場から始まり、アメリカ西海岸を世界的な拠点にして、台湾、マレーシァーへと広がり、中国資本主義をそのグローバルなネットワークの集積基地として登場させた。

  • またこれを反映して、元の対ドルペッグ制(元とドルとの実質的な固定レート制。変動幅の多少の拡大はありうる)と円の一定変動幅でのそれへの連動がアジア為替の基軸レートとなっている。そしてこれが、ドル為替の国際相場を支えるものとなっている。

  • 90年代以来の長期構造不況によって日本に突きつけられたいる問題は、衰退しつつあるアメリカ型旧資本主義の内側にとどまるのか、新しいネットワーク型資本主義に参入するのか、という二者択一であろう。