1 戦後資本主義は最終段階を迎えつつあるのか

1.1 何が戦後高度成長を推進したのか

 

●宇野理論で現代資本主義をどうみるのか

 

降旗 マルクス主義者は現代資本主義を正確に捉えていない。それにはマルクス派の人たちの理論的な「構え」の混乱と、現状を見誤っている面と両方あると思うんですよ。

ところで、僕と岩田君との対談ということになると、いわゆる宇野理論が、それではこの問題に対して、どんな整理をし、どういう切り込み方をしているのか、それが中心になると思う。もちろん宇野さんにも現代のとらえ方において、ポジティブな点もあれば、欠落している点もあると思うんですが、ここに踏み込んでいく前に、まず多かれ少なかれ、宇野理論を継承した人、あるいはその周辺にいる人の現代資本主義のとらえ方から接近していきたい。そうなると金子勝君なんども扱わざるをえないし、また、あまりポジティブじゃないと思うけど馬場宏二君の主張などもかなり関連してくると思う。

 そういう人たちは、一体、宇野理論を自己の主張とどう関連づけているのか。つまり、マルクスをどうとらえているのかということが根本的な問題になってくる。そうなってくると、これは跳ね返ってきて、僕と岩田君とが、宇野理論をどうとらえているのか。それは君が言った、宇野さんから学んだこととか、あるいは宇野さんにおいて欠落しているものは何かという問題になってくる。要するに経済学の方法の問題が中心になってくると思う。そうすると最後にまた、出発点のところに帰ってきて、岩田君なり僕なりの理解する宇野理論とは何か、それで現代資本主義をどうつかまえるのかというのが、最後にくることになるだろう。

 

岩田 体系構成論は別の機会にして今日的状況を考慮し恐慌論あたりに絞ればね、自ずから浮かび上がってくるんじゃないの。

 

降旗 いや、僕は恐慌論に絞るという意味が、ちょっと君とはニュアンスが違うような気がする。僕の理解ではね。

 君が言ったように、マルクス経済学は、恐慌を一種の破局論で考えていたわけですね。マルクス自身にもそういうところがある。資本主義の発展とともに恐慌の程度が大きくなっていって、危機が増幅し、体制の終末がくると考える。だけど宇野さんの恐慌論はそうじゃない。よく言われるように、言論は「あたかも永遠に繰り返すかのごとく」展開されるから、恐慌は、生産力と生産関係の矛盾の爆発であると同時にその解決になるわけですね。特に不況末期の有機的構成の高度化で、新たな生産力を作ってそれまでの矛盾を解決する。そしてそれに対応した生産関係を前提としてまた発展を続ける。言論はその繰り返しになっているわけです。だから、宇野さんの場合の恐慌の捉え方は、一般のマルクス主義者のそれとは根本的に意味が違う。

 

岩田 それはそれでいいんだが、宇野さんの恐慌論には古典経済学以来のいくつかの基本的命題が含まれている。いろいろな混乱があるのでそれを確認しておいたほうがよいと思うんだが。

 

降旗 それは、僕は宇野理論の非常に重要なメリットだと思うんです。メリットだと思うんだけれど、現代との関係となると、ちょっと岩田君が言ってるのと筋が違ってくる。周期的な恐慌を通して生産力と生産関係の矛盾を解決しながら発展していくという構造は、宇野さんの認識から言えば、基本的には自由主義段階の構造だということになりますね。帝国主義段階になると、その構造は乱れてくる。株式会社なり、金融資本によって、帝国主義間の国際的な対立へと矛盾が転化され、危機はむしろ最終的には、帝国主義戦争になってあらわれてくることになる。

 さらに、第一次大戦の後の現代ということになると、これは一面では大内さんが継承したわけですけれど、国家が管理通貨システムを媒介にしながら経済過程に直接介入してくるという形をとる。危機はただちに恐慌として発動せずに、国家的な補修を加えられながらインフレや財政問題へとずらされていく。そうなると、単に恐慌が危機の決算だというだけの問題ではなくなってくる。それをどう考えたらよいかということになる。

 そうすると、いろいろ言われてきているように、その場合にはむしろインフレこそが危機だと。金子君も引いている岩井克人氏の危機論は、恐慌論というよりはハイパーインフレ論になってくる。金子君の場合だと、ちょっとよくわからないけど、国際金融の問題になってきて、それが跳ね返ってきて財政の問題、クラウディング・アウトの問題になってきて、最終的には処理できないんじゃないかということで、債務管理型国家というのを出してくるわけでしょ。だから、危機の捉え方が違ってきているわけですよ。

 ですから問題を恐慌に絞って彼らを批判すればすべて片がつくとは言えないんじゃないですか。

 

●宇野恐慌論、それは普遍命題を含むか

 

岩田  宇野さんの恐慌論、景気循環論は、君のいうように、それ自体としては一九世紀中葉の自由主義段階の景気循環機構の理論的模写ですが、しかしそのうちには、生産過程が資本の生産過程という特殊な形態をとる限り、もっと平たく言えば、生産の主体が資本主義的企業となっている限り、常に妥当するいくつかの普遍的命題が含まれていると思う。

  たとえば、ケインズの「一般理論」は「セイの法則」の批判からはじめているわけですが、生産がそれ自身の需要ないし市場を創るという命題は、リカードを頂点とする古典経済学の基本命題であり、『資本論』もそれを大筋では引き継いでいる。資本主義的蓄積過程の限界は、市場や需要の限界に求めるべきではなく、前者の内部要因に求めなければならぬという主張がそれです。だが『資本論』の恐慌論は、過剰生産説や過少消費説によって混濁されていました。こうした雑音をカットしてそれを論理的に的に首尾一貫させたのが、宇野さんの恐慌論ですが、そのうちには、資本主義的生産の限界はその内部要因に由来するものであって、需要や市場の縮小はその結果的現象にすぎぬという基本命題が含まれています。

  第二の命題は、こうした産業的蓄積過程は、信用システムの拡張・収縮によって、したがって利潤率と利子率とのときには並行的な、ときには逆行的な対立的運動によって、媒介されなければならぬという主張です。商業信用、銀行信用、中央銀行信用という宇野さんの信用システム論がそれです。

  一九世紀中葉のイギリスに即して言えば、商業信用とは、ポンド為替によるイギリスの世界的な貿易金融であり、それを通して世界の工場、世界市場産業としてのイギリス綿工業を金融していたわけです。キングのいう「ロンドン割引市場」、ロンドン貨幣市場は、こうした商業信用をバックアップするイギリス銀行システムのセンター市場、今日の言葉でいえば、インターバンク市場です。またここでの利子率が市場利子率、いわゆるマーケットレートです。そしてこの背後に控えていたのが、イングランド銀行とその利子率、いわゆるバンクレートであり、これはイングランド銀行の金準備の増減に連動していました。

  ポンド為替は、今日の言葉でいえば、世界貿易の基軸為替、その中央信用貨幣、中央銀行券であり、世界貿易の主要決済手段でした。そしてイングランド銀行の金準備はこのポンド為替に対する最終的な決済準備でした。したがって、先の利潤率と利子率の対立的運動をさらに媒介しそのコントロールシステムとなっていたのは、このバンクレートとマーケットレートとの、ときには並行的な、ときには逆行的な対立的運動でした。

  宇野さんは、僕らの学生時代のゼミで雑談的に、イギリスの貿易為替金融は輸出に対してはポンド為替の書換え・再発行によって長期的金融として作用し、輸入に対してはロンドンで早期に割り引かれるために現金買いに近い短期金融として作用する。これがイングランド銀行の金流出とバンクレートの急騰を引き起こして恐慌を起動させるのだろう、と話していました。

  このことは、イギリスの中央銀行は、世界貿易に対する中央銀行として機能することを通して、イギリス産業に対する中央銀行として機能していたということです。

  このことはまた次のことをも意味します。一八七〇年代以降、金本位制はイギリス以外の非基軸為替諸国にも波及し、一般にはこれが国際金本位制として理解されているわけですが、非基軸為替国の金本位制は第二義的な経済的意味しかもたないということです。これら諸国の主要な対外決済準備は、基軸為替の保有残高、いわゆるロンドン残高であり、金準備はその枯渇に対する準備にすぎぬからです。

  第三は、恐慌による急ブレーキとそれに続く不況圧力による資本構成の高度化や産業構造の再編の強制こそが、次の新しい産業的蓄積過程を準備するという命題です。これは資本主義がその経済的行詰りを打開し新しく再出発する唯一の基礎的方法だとみてよいでしょう。

  僕が金子勝さんの危機認識を対談の手がかりにしたら面白いのではないかと提案したのはこの点に関連します。

  金子さんが「いま危機は始まっている」とするその危機とは、銀行の不良債権問題と国家財政の累積債務問題ですが、後者は国家財政の構造問題で、日本のような三千億ドル以上の対外決済準備を抱え込んでいる国では、直ちに金融危機、為替危機として爆発するような性格のものではありません。これに対し前者は、銀行システムのバランスシート危機であり、どこかで金融機関の決済デフォルトが発生すれば、一挙に金融恐慌へと発展する可能性を秘めています。これはアメリカでは対世界バランスシートの問題となっていますが、こうした点についての危機認識は、金子さんの独自認識というよりも、BISを初めとする今日の金融当局の共通の危惧だとみてよいでしょう。

  だが、危機とは、同時にチャンスです。今日でも、金融恐慌によって経済システムの全体にリセットをかけ、それに続く不況圧力、倒産と失業の圧力によって産業の国際的・国内的な再編を強行するというのが、資本主義の経済システムを新しく再起動する唯一の基礎的方法であるという点に変わりがありません。問題は、現代資本主義がこうした荒療治を自分自身に強制する生命力とダイナミズムを持っているかどうかという点です。持っていないとすれば、どんなシナリオの展開となるのでしょうか。そのシナリオが今日の資本主義が直面するいちばん面白い問題じゃないかと僕は思います。

 

●現代資本主義、それは何を起点とするか

 

岩田 視点を少し変えてみましょう。現代資本主義の起点を何に求めるかという大きな問題があります。

 二つの見方がありましてね。一つは一九二九年に始まる大恐慌とそこから登場するニューディール政策に起点を求めるという見方です。大内力さんのケインズ政策論と管理通貨論はそれに属します。もう一つは、第一次大戦それ自体に起点を求める見方です。これは第二次大戦にその第二の起点を求めるという考え方になります。

僕なんかは後者ですね。二つの世界戦争の戦時総力戦体制、――戦時国家体制と戦時統制経済体制は戦後にも形を変えて残り、資本主義のその後の展開を大きく制約するからです。

 僕は、大恐慌は、当時の基軸為替ポンドを金決済停止に追い込み、世界経済の分断とブロック化を引き起こし、ワイマール体制に代表される当時の戦後デモクラシー体制の経済的基盤を動揺させ、「民族社会主義労働者革命」を看板にするナチス党の台頭を促し、第二次大戦を準備したという点に、つまり、それ自体に意義があるのではなく、第一次大戦後の政治的・経済的な戦後体制の危機を誘発したという点に、その歴史的意義があるとみているわけです。

 

降旗 宇野さんはどちらかというと、戦争に傾斜していると僕は思うんですよ。宇野さんの場合には、それをナチスのアウタルキー問題として追究した。別の面では、世界農業問題を焦点とする世界経済論として取りあげていますね。

 ただしそれは三〇年代にはニューディールをうみだし、特に第二次世界大戦後になると、アメリカ型のフォーディズムの世界支配という問題になってくる。――戦争で乱費するような消費構造が、絶えず平和時アメリカ型耐久消費財の、大量生産、大量濫費という形に代替される。その代替が続く限りは成長を続ける。戦後の資本主義世界の高度成長はそういうものだったんだろうと思うんです。

 僕はそういう形で押さえるが、そうすると、マルクス主義者の現代資本主義の捉え方が、方法的に言うと、岩田君が言ったように、恐慌を焦点として押さえるか、あるいは帝国主義対立――ブロック化でも帝国主義戦争でもいいけど――として押さえるか、そのどちらかにわかれると思うけれど、そのどちらも誤りだったんじゃないか。

 つまり、第二次世界大戦後の高度成長――日本の場合は一八年も続くわけですけれど――で社会システムが一変するわけでしょう。それは、金本位制に代わるIMF体制の構造と、それを前提にした国際的協調過程と――もちろんそれは対極に社会主義圏があるわけですけれど――を枠組みとする耐久消費財量産型の成長過程という形で突っ走っていった時代ですね。

 それが、七〇年代前半に限界に達してME合理化の時期にうつり、九〇年代にバブルを吹き上げて終わるわけです。岩田君はそれを全体としてIT社会への転換過程と考えているようなんですけれど、僕もそういう面を持っていると思うんですが、ただしそれだけでは、高度成長の歴史的意味かはっきりしてこないような気がするんです。

 金子君や馬場君などの主張を、標的として批判するのはよいが、そのときの焦点を岩田君は恐慌の問題に絞っているようですが、僕はその点には疑問をもちます。

 

岩田 僕自身は恐慌説ではありませんよ。僕が宇野恐慌論をもちだしたのは、現代資本主義の今日的情況を揶揄するためですよ。もう一つは、ケインズ革命論の亜流やフランスのレギュラシオン学派のフォーディズム・サイクル説の流行を揶揄するためですよ。

 大量生産と大量消費とのあいだに高賃金という媒介項を挿入するフォーディズム・サイクル説は、マルクス恐慌論に残されていた過少消費説、過剰生産説の裏返しだと僕は思いますね。賃金所得の増大は、生産拡張の従属変数でしかなく、大衆消費の拡大はそのまた従属変数でしかないからです。

問題は、第二次大戦後の資本主義生産の累積的拡張、いわゆる高度成長の推進動力は何かという点です。仮にフォーディズム・サイクルが大きな役割を演ずるとすれば、こうした累積的な生産拡張――戦後資本主義の蓄積過程――の従属変数的な結果だとしなければならぬでしょう。

 第二次大戦後の高度成長を鋭く代表するのは、ドイツと日本の高度成長、植民地のすべてを失い、おまけに東部ドイツの後進地帯を切り取られた敗戦国の高度成長です。僕はフォーディズム・サイクルでは説明不能だと思うんですが、その動因分析はもう少し後回しにしましょう。

 

●敗戦国の高度成長、帝国主義は意味を失ったのか

 

降旗 大きな、方法的な枠組みでみると、岩田君が言ったように、戦後高度成長を担うのは西ドイツと日本です。西ドイツと日本は、敗戦国なので植民地を完全に消失し、それがかえって有利に働いた。なまじフランスやイギリスなどは、旧来の植民地を維持していたため、その帝国の遺産によって足をひっぱられた。

 

岩田 戦勝国は基調的には停滞ですよ。アメリカも、ヨーロッパ帝国主義のゴミ処理係りを請け負うもんだから……。ドルの金決済停止に追い込まれたのも、増大する対外ドル散布を輸出によって回収する能力をアメリカ産業が失った結果でしょう。また、戦後当初にはヨーロッパの最大の工業国であり、工業製品の輸出高ではアメリカを上回っていたイギリスがくたびれたのは、朝鮮戦争のときにせっかく懐に入れたポンド地域のドル残高を、アメリカの向こうを張って戦略爆撃隊の建設や原水爆の開発に投入したからです。またフランス第四共和国はベトナム問題やアルジェリア問題の負担に喘いでいて、ようやく成長軌道に乗るのは、アルジェリアの切捨て合理化を請負った五八年のドゴールの第五共和国の成立以降でしょう。

 

降旗 これらの旧帝国主義国はなかなか高度成長化できない。福祉国家化せざるをえないが、植民地はむしろものすごく負担になるわけです。ということはどういうことか。要するに、植民地を持たない方が高度な生産力を展開できるということは、もはや現代は帝国主義段階じゃないということなんです。そのときに左翼は帝国主義論で分析しようとしていたんでしょう。植民地を拡大して資本輸出をして、そこから収奪することによって成長を維持するというのが帝国主義の本質なのです。

 

――われわれはそうやって……(笑)。

 

降旗 左翼の分析視角は現実と逆になっていた。

 

●戦勝国の停滞、植民地は重荷となったのか

 

降旗 ちょっと余談になりますけど、僕はある新左翼セクトの裁判の弁護を依頼されたことがあります。浅草橋の駅に火を付けたのを弁護してくれと言うんで、僕はそれはできないと断った。しかし、そこまで弁護しなくてもいいから、成田闘争が現代世界的で積極的な意味があるということさえ言ってくれればいいと言うので、そういう程度のことなら弁護できると引き受けたのです。

 この時の裁判官が、被告がもし証人に聞きたいことがあったら何でも聞いてもいいと言って、変な時間を持たせた。そうしたら、N大の学生が、吾々何で起ったかと説明を始めた。要するに成田は軍事基地になり、あそこから軍用飛行機が飛び立つ。今は帝国主義戦争前夜だから、吾々は帝国主義戦争を阻止するためにあの行動をしたんだと言うのです。

 しかし帝国主義と言うけれども、第二次大戦後は植民地がどんどん解放されて、残っているのは、二、三パーセントしかなくなった。九〇パーセント以上の植民地が解放され、事実上、植民地がないときに帝国主義はありうるのかと僕が聞いた。学生はちょっと詰まって、しかし資本輸出ということがありますと言う。そこまで気がつくのはいいんだけれども、しかし日本とアメリカとの関係で、資本輸出をしてるのは日本なんだ。アメリカは日本から資本を輸入している。そうなると日本が帝国主義でアメリカが植民地ということになるじゃないかと反論したら、学生は詰まっちゃった。もうちょっと勉強してきますと言ったが、彼らはまだ帝国主義論で現代が解明できると信じこんでいたわけだ。

 

降旗 第一次世界大戦以前の帝国主義論で、第二次大戦も第二次大戦後も分析しようとしているんです。それが第一の方法的問題です。

 もう一つは、帝国主義戦争で資本主義の命脈は尽きたので、今は一般的危機に陥っているという主張がある。だから、左翼は一般的危機論か帝国主義論かをとり、ある場合は、両方でやってるでしょう。それでは、今言ったような問題が説明つかなくなる。つまり、植民地が消失した国の方が高度成長を遂げているのは何故かという問題です。

 しかも、その高度成長は、例えば日本で言えば、一〇%の成長を一八年間続けたということです。こんな長期の成長は資本主義始まって以来ないことです。最も資本主義が高度に発達したときが一般的危機だったというのでしょう。理論と現実が全部合わなくなる。その場合は論理を組み替えなければいけない。左翼の混乱は、その論理の組み替えをきちんとやってなかったことに由来する。

 

岩田 そういう問題は、実は、第一次大戦前の帝国主義にもあった。独占資本の利潤源泉が何かという問題ですが、宇野さんは国内説なんですよ。ホブソン帝国主義論も、国家や植民地権力と結びついた一部の特殊利害集団によってイギリスの国民的富、国民経済が犠牲にされているという告発です。富の単純な収奪ではなく、植民地諸国や後進農業諸国の伝統的な社会、とりわけ農民共同体を破壊し、大量の流民や難民をつくりだすというのが、本質的な意味での収奪でしょう。ヨーロッパ諸国がかって自分の国内でやったこと、土地と農民との分離、原始的蓄積過程を、鉄道網の建設を通じてこれら諸国に輸出するわけです。こうした商品経済的破壊力は自動車になるともっと酷くなりますね。鉄道は点と線ですが、農道やでこぼこ道でも自由に走れる自動車は面となりますから。

 これにはしかし、もう一つの本質問題があります。降旗君も国家と土地所所有は資本主義が創り出したものではないという点を強調しているわけですが、僕も同意見です。これは国家の論理と資本の論理は別であり、資本の対立の単純延長線上に国家の対立、帝国主義戦争があるのではなく、両者の間にはいくつかの媒介項が必要だということです。ウォーラスティンはこれを世界帝国と世界経済の関係として論じているわけですが、この問題はあとで取り上げましょう。

 

●日本企業の過当競争、それは戦後高度成長にどんな役割を演じたのか

 

岩田  さてこのへんで日本に焦点を絞って戦後高度成長の推進動力、エンジンは何であったのかという問題を取り上げましょう。僕も降旗君も戦後高度成長が内包的だという点では共通認識ですが、僕の理解は降旗君とはちょっと違っているようです。

僕らの学生のころ、日本がようやく成長軌道に乗った五〇年代の半ばころから、大蔵省、通産省のエリート官僚や経済ジャーナリズムは口を揃えて日本企業の過当競争体質を非難していました。鉄鋼業界の新鋭大型高炉や圧延ミルの建設合戦、造船業界の大型ドック建設合戦などですが、六〇年代になるとこれに電機、自動車業界などのいわゆる加工組立て産業の設備拡張合戦が加わってきます。そしてこうした業界過当競争を金融的にバックアップしていたのが、銀行業界の貸付けシェア拡張合戦、縄張り合戦です。大内力さんは、これに「一セット主義」というあだ名をつけて揶揄していたわけですが、そして大蔵省、通産省の官僚たちはこれらの業界をいくつかのグループに集約しようと必死であったわけですが、僕は、彼らの暖かい親心、母性的な保護主義を蹴飛ばして果敢に遂行されたこうした過当競争こそが、日本の高度成長のダイナミックな推進エンジンだったのではないかと思います。

その性格はどんなものだったのか、その点を明らかにするためには、大きく歴史を振り返って古典的な重工業独占体の成立期と比較してみる必要があります。

 一八九〇年代後半から二〇世紀初頭にかけての時期は金融資本の成立期として知られていますが、この時期はアメリカ、ドイツを中心とする重工業設備拡張合戦の時期であり、それによって推進されるダイナミックな発展期です。独占体の成立期は、いくつかの有力資本集団による市場シェアの拡張合戦、そのための生産能力の拡張合戦とならざるを得ないからです。そしてこれが設備関連産業、つまり重工業それ自体の需要をつくりだし、再生産の拡張による雇用労働者数の増大を通じて、消費財関連産業の拡張をも誘導するわけです。いわゆる国内設備投資主導型の高度成長です。

こうした発展が一段落するのは、独占体相互間の市場シェアが固定化しそれに基づく縄張り協定、業界協調体制が成立するからです。重工業の場合には十年前後でそうなるでしょう。アメリカでは、カーネギー製鋼とモルガン系製鋼との死闘が後者の勝利に帰してUSスチールが成立し、その主導による業界協調体制ができあがるとともに、またドイツでは、カルテル・シンジケートによる業界協調体制――市場協定、価格協定、生産協定、設備協定などなど――が確立するとともに、つまり二〇世紀初頭には、一段落となります。

けれどもこれは、まだこの時期には国内市場産業であったアメリカ、ドイツの重工業の話であって、一九世紀中葉以来世界市場を相手に発展してきたイギリスの輸出産業型重工業は、こうした発展を経験せず、この時期に決定的に立ち遅れることになります。

この点に関してもう少し振り返ってみますと、一八七三年恐慌から始まって九〇年代前半にいたるいわゆる「大不況期」は、イギリスを中心とする国際景気循環の主軸が [ 貨幣市場―資本市場―鉄道建設―鉄鋼業 ] という連関ないし回路に移行したことから生ずる景気循環の特殊な様相だと僕は思います。資本市場に流れ込む資金の源泉は貨幣市場に集積されている社会的資金ですが、これを主導するのは、貨幣市場の利子率と資本市場の証券利回りとを比較して両市場の間を迅速に流出入するきわめて流動性の高い短期資金です。このことは、資本市場が、したがってその拡大収縮に依存する鉄道投資や、その鉄道建設需要に依存する鉄鋼業が、貨幣市場の利子率の動向に極めて敏感な市場であり産業であることを意味します。一九世紀中葉でもこうした回路はすでに国際景気循環の副軸となっていたのですが、主軸は [ イギリス貨幣市場―イギリス世界貿易―イギリス綿工業 ] という回路で、前者はまだその撹乱要因にとどまっていました。四〇年代前半のイギリスの鉄道投資・建設ブーム、五〇年代初頭のアメリカ、大陸ヨーロッパの鉄道投資・建設ブームがそれです。

 これに対し、さきの金融資本の成立期の特徴は、鉄道投資、鉄道建設が大きく収縮している点です。これは、資本市場を介して鉄道投資に向っていた資金が、重工業独占体の設備拡張合戦に向かったことを意味します。いわば内包的な発展、内に向っての発展です。海外投資は、この設備拡張合戦が一段落すると再び増勢に転じ、大不況期のレベルをはるかに超えて急増するわけですが、これは、金融資本の成立の結果として発生する過剰資本の形成と、その輸出を金融的手段とする世界市場の分割線が始まったことを意味するとみてよいでしょう。

  以上のような点を念頭において、日本の戦後高度成長期の設備拡張合戦を眺めてみるとその性格がよくわかります。それは独占体の再形成、再構築に伴う市場シェアの拡張合戦であり、そのための生産能力の拡張合戦だとみてよいでしょう。僕自身について正直に言いますと、この日本の戦後過当競争のダイナミズムを目の前に見てそこから逆に金融資本成立期のダイナミズムを理解することができたほどでした。こうした独占体形成期のダイナミズムを欧米諸国はその後二度と経験することはありませんでしたが、日本だけは戦後の特殊事情のためにそれを再現したのではないかと思います。

 日本は、第二次大戦前の財閥型独占体制をまず戦時統制経済によって、次いでその破綻による戦後危機によって、そしてさらにアメリカ占領軍の財閥解体政策によって大きく崩されています。したがって日本経済は、ドッジ改革によるインフレ克服と朝鮮戦争の特需ブームを経てようやく復興再建が一段落すると、アメリカ型の生産力や技術の導入による独占体制の再構築へと突き進むことになりました。大内さんの限界は、せっかく「ワンセット主義」に注目しながら、それが独占体制再構築のための特殊日本的な戦後的形態であることをはっきりさせていない点でしょう。

 鉄鋼業界では、こうした過当競争ダイナミズムは、八幡製鉄と富士製鉄の合併による新日鉄の成立と新日鉄・通産省主導の業界協調体制が出来上がると終幕を迎えます。輸出産業である造船業界の場合には、少し違って、第一次石油ショック後の造船不況と通産省主導の不況カルテルの結成がその終幕でしょう。これによって日本の鉄鋼・造船産業はそのダイナミズムを失い、韓国の鉄鋼業、造船業の追撃をうける側となります。

 しかし、戦後日本の特徴は、こうした市場シェア合戦、設備拡張合戦が、重工業だけではなく、電気・電子機器産業、機械・機器産業などのいわゆる加工組立て産業でも広く展開され、これが輸出シェアの拡張合戦へと発展し、これを通じてこれらの産業が徐々に世界市場産業へと発展していったという点です。したがってこれらの産業で過当競争ダイナミズムが終幕を迎えるのは、重工業・素材産業よりもはるかに遅く、自動車を例にとれば、欧米のナショナル・インタレス産業である自動車産業とのバッティングを引き起こし輸出自己規制へと追い込まれた八〇年代だとみてよいでしょう。自主規制というのは、通産省・業界コンビの協調体制だからです。円高悲鳴で大蔵省・通産省に泣きこんだのも、その表現の一つではないでしょうか。

 少し長くおしゃべりしすぎたようですが、こうした日本の高度成長とその終幕は、いったいマルクス派や宇野派にどんな風に理解されているのでしょうか。

 

1.2  日本資本主義は大不況に突入したのか

 

●「日本株式会社」の企業社会主義、大蔵・通産省の官僚社会主義はどうなったのか

 

降旗 現在、マルクス派ないし左翼に、ものすごい理論認識における混乱がある。その混乱を探っていくと、今みたいな問題が出てくる。そのときに、一体宇野理論は何だったかが改めて問題となる。今日、宇野理論を継承するとか、宇野理論を批判するとか、宇野理論を修正するとか言ってるけど、宇野理論の本質は一体何なのか。

 ここのところで僕は、岩田君とちょっと認識においてズレる感じがする。その問題を解くために、金子君や馬場君の主張を例にとりながら、具体的な現代の問題にはいっていきたい。

 

――馬場さんは最近何か……?

 

降旗 最近じゃなくて、かなり前ですが、一九九二年の『フォーラム』一二月号で僕は「生き延びられるか資本主義は」という論文を載せた。そこで二年前から始まっている不況は単なる不況じゃない。これは長期不況になる。おそらく、最終的には世界を巻き込むような不況になるのではないか、と書いた。

 たとえば一九世紀末の、いわゆる自由主義段階から帝国主義段階への転換期のときの大不況や三〇年代の大不況に匹敵するような大不況になる可能性があると言ったんです。それが九二年末です。同じ雑誌で、その論文を材料にして、馬場君といいだもも氏が対談している。読んでみますと、「馬場 僕はどだい、世紀末大不況なんて思ってないんです。馬鹿なことを言っている奴がいると思ってる。なんで世紀末不況なんてぎゃあぎゃあ騒ぐんだろう。ごく最近の日本やアメリカでちょっとした景気後退があるというのは、周期的なリセッションの話だ。」 要するに、バブル崩壊後も日本の景気後退をこの程度にしか見れなかった。しかもこのときは、例の社研の『現代日本社会』という講座が完結したときなんです。そこでは日本の会社主義というのが、現代資本主義の生産力を担う典型として、アメリカのフォーディズムに代わるものとしてえがかれていた。これからは日本の世紀だという宣言です。ジャパン・アズ・ナンパーワンの左翼版でしょう。だから、降旗は馬鹿正直だからこんなことを言っているけれど、大体こんなペーパーを左翼で載せちゃいかんとのたまわってる。馬場君は資本主義の延命可能性なんて当たり前だ、資本主義は崩壊するものではないんだとぶっているのです。

 ジャパン・アズ・ナンバーワンの左翼版、日本会社主義を提唱した馬場君は、一九九一年にバブルが暴落したその翌年に、まだ次の世紀は日本だと言い続けていたわけです。こういう論理で、馬場君は、この不況が一〇年以上も続いて、さらに三番底へと沈没しつつある日本経済の現状を、どう分析するのでしょうか。僕の長期不況論をオチョクッた馬場君は、単なる思いつきで言ったのじゃなくて、彼らの現代資本主義論理の結論としての日本資本主義永遠論だったのです。

 つまり、さっきの恐慌の問題からみますが、資本主義が、内部的に絶えずリセットを繰り返しながら、絶えず成長を続けうるような構造なんだと言うのです。その型の違いがあるだけだ。型はアメリカ型であったり日本型であったり交代はしていくんだけれど、永遠に続くものなんだと信じている。同時に、柴垣和夫君に至っては、その会社主義によって、労働者も会社の中に完全に巻き込まれてしまって、もはや自己疎外なんてなくなった。労働者は会社で喜んで仕事をしているんだから、会社主義によって、日本はいまや社会主義化しつつあると言い出した。これを聞いたとき僕は柴垣君はブラック・ユーモアで言ってるのかと思ったが、本気で言っていたんですね。

 

岩田 会社共産主義ってやつですかね(笑)。大蔵・日銀・通産の官僚社会主義と、企業の会社共産主義との合弁体制だということですか。

それをアメリカさんは、「ジャパンコーポレーションのコンボイシステム」、「日本株式会社の護送船団方式」と名づけているわけですが、しかし僕の見方から言わせてもらうと、それが実際に有効性を発揮して官僚・業界コンビの協調体制が出来上がる時が、世界を震撼させた日本産業の過当競争ダイナミズムの終幕なんですがね。

 

降旗 そこまで来ちゃっているという感じがする。これが東大社研のマルクス経済学の現状です。ここまでくると一体、マルクス経済学とは何なのか、よくわからなくなってくる。

 

―― そうですね。そのころは大学院生でよくわからなかったですけとも。

 

降旗 だから、馬場君が日本の長期不況を予見できなかったのは、彼らの現代資本主義論の論理構成に問題がある。世界の最高の生産力をつくりだした日本会社主義を彼らが今どう考えているのかということを言わなくてはいけない。その論理で今も現状を説明できるんだったらやればいい。できないんだったら、誤っていたわけだ。どちらかにきちんと整理しないといけないのに、彼らは今や黙して語らずですね。

 

―― 今の問題で、ちょっとわからないところもあるんですけれども、日本資本主義が非常な閉塞状況に陥っているという問題、日本の会社主義万歳という論理とどう関係するんですか……。

 

●フォーディズムは終末期を迎えているのか

 

降旗 フォーディズムを前提にした資本主義の発展、具体的には、第二次大戦後の、フォーディズムの世界的な普及過程が五〇年代、六〇年代には確かに存在した。それに代わるものとして、日本型の会社主義――生産力的にはトヨティズムを指しているのかと思うんですが――があるんだと彼らは言う。その会社主義の中では、もはや労働者も企業の一員となって、疎外されることなくエネルギッシュに働くというまで言うのです。資本主義は労働者のエネルギーを全面的に吸収できるような構造になったんだ、これはしのびよる社会主義ではないか、と言ったのです。だけど、その時にはもうフォーディズムは崩壊しつつあった。つまりフォーディズムの最後の段階にトヨティズムがあらわれたというだけのことです。

 そして、アメリカ資本主義、フォーディズムはもはや克服されて、日本型になったんだと言ったのに対して、現実には、IT革命を前提にしてニューエコノミーという形でアメリカ資本主義は活性化してきた。つまり馬場君や柴垣君の見通しは全部誤っていたのです。

 

―― それはその通りですね。

 

降旗 そういう現実の資本主義世界の進行をどういう論理で整理して示すことがきるかに、マルクス経済学の存在理由がかかっている。

 

―― それは、聞いてみたいところですけれども、ただ、資本主義の延命一般の話と、個別日本の資本主義の会社主義の行き詰まりというのは、ちょっと位相が違うのではないかというのが一つ疑問ですが……。

 

降旗 僕は、日本の会社主義というのはそもそも、フォーディズムで押し上げていった高度成長の終末過程に出てきた現象だと思うんです。

 

―― 大量生産大量消費で……。

 

降旗 もちろんフォーディズムと同じ大量生産、大量消費社会ですが、トヨティズムのジャスト・イン・タイム方式に、あのときはME化が加わった。今の、インターネットでパソコンが結びついたIT化ではなくて、個別的なME化――例えばロボットを利用するとか、バーコードで集中管理するといった合理化でしたが。

 

岩田 全社的にはいわゆるファクトリー・オートメーションですよね。大型機を軸にするFAオートメーション、プロセス・オートメーションです。全社的な事務処理でこれに対応するのがいわゆるオフィス・オートメーション、メーンフレームと多数の端末から成る中央集権的な情報処理システムと部門レベルでこれを補足するオフコンです。いずれも専用回線を使った閉鎖的な情報システムで、八〇年代がその全盛期でしたね。横から話の腰を折って申し訳ないですね。降旗君の話に戻りましょう。

 

降旗 僕は、このトヨティズムやME合理化は、第二次大戦後のフォーディズムの発展過程の最後の段階だったと思う。それは九〇年で完全にピリオドを打たれた。そこから、次に変わってくるのは、確かにIT化を通して――それをどう位置付けるかというのは最後にやりたいと思いますけど――、アメリカが突きだしている新しい社会です。だからと言って、資本主義は、絶えず様式を変えながら生産力を上昇させていくという単純なシステムではないと思う。

 だって、今はものすごい不安定な危機構造になってるじゃないですか。日本がもはや、金子君の言うように債務管理型国家ではやっていけないほど、財政的危機が進行している。その日本から出てくるお金がアメリカに流れ込んで、アメリカの方は世界最大の債務国になっている。アメリカの好況といってもようやく世界中の資金をかき集めながら維持しているだけの、非常にあぶない好況だったのです。この不安的な構造の中で、IT化を中心としながら、景気は拡大している用に見えたが、今やそのバーチャルの化けの皮がはげつつある。僕は、そういう意味では体制的危機は、非常に増幅されてきていると思うんです。

 

―― そうすると、ある種方法論的な危機論の問題にも……。

 

●フォーディズムは実際に機能したのか

 

岩田 また横槍でちょっと話がずれますが、僕はフランスのレギュラシオン学派のいうフォーディズムは、失われた楽園に対する幻想だと思います。楽園とは、第一次石油ショック以後のヨーロッパ経済のいわゆるスタグフレーションから振り返って美化された五〇年代後半以降のヨーロッパ経済の発展じゃないんですか。

 

降旗 しかし、戦後の高度成長の過程では、失業率一、二パーセントで、成長率が十パーセント、しかも所得格差がどんどん縮まってきて、中産階級が肥大化したというのは別にバーチャルではなくて現実ですよ。

 そういう形の非常に安定した社会が、二十年近くつづいた。自由主義段階だって帝国主義段階だって、典型的な時期はほぼ二〇年でしょう。戦後高度成長期は僕は一つの段階だったと思いますね。

 その中で日本資本主義も、最終的には輸出型になりますが、その初期・中期には国内需要を拡大しながら、完全雇用を達成するという、レギュラシオン学派のいわゆる内包的発展をつづけた。

 

岩田 しかし、フォーディズムには原理的問題がありますよ。第二部門(消費財生産部門)の自己拡張で資本主義経済全体の拡張を引っ張れるのかという根本問題です。

 

降旗 原論の中には耐久消費財という概念がないでしょう。この原論にない概念が出てきちゃったのです。消費財というときは、僕は基本的に、原論的な段階では衣食住だと思うんです。それに対して、たかだか四~五百万の日本の所得水準で、百何十万とか二百万の機械が買われ、四年から五年の間に更新されていく。バブルのピークのときが七千五百万台です。そして日本は千四百万台の自動車を生産して世界のトップです。

 この生産力の増大の仕方は、バーチュアルとか幻想とかではない。実体的根拠がある社会構造なんです。

 

―― 岩田先生は昔から、大内努先生に対して、ケインズ主義的であると批判されていますけど、どうも僕らも今ひとつわからないところがあったんですが、フォーディズムとかケインズ主義というのが幻想であるというのは、どういうことですか……?

 

岩田 ケインズ自身の理論は投資需要の停滞に着目しているわけでちょと別です。これは裏を返せば、投資需要の累積的拡大があれば再生産全体の累積的拡大を誘導しうるという原理論的な一般命題となりますから。僕が幻想だといっているのは、三〇年代の大不況を転換点にしてケインズ的財政金融政策の時代に入ったという大内さん流の御伽噺です。

また、フォーディズムについて僕が強調したいのは、いわゆるフォーディズム・サイクルは再生産の累積的な拡張の原因ではなく、その従属変数的な結果だという点です。耐久消費財であっても、また自動車ローンなどでパワーアップされるとしても、勤労大衆の需要拡大は雇用増大の従属変数にすぎず、また後者は再生産拡張の従属変数にすぎぬという原理論的命題に変わりようがないからです。

しかも、日本の自動車産業は、国内市場はもちろん、世界を相手に発展してきた世界市場産業だということです。そんな自動車産業を高賃金を媒介項とするフォーディズム・サイクルで引っ張れるわけがありません。

 フォーディズムが根拠としているのは、おそらく二〇年代のアメリカ自動車産業の発展でしょうが、しかしこれは、自動車産業の拡張合戦が結果的に自動車需要を創り出していったみるべきではないでしょうか。第一次大戦の戦後需要が一巡し二〇年から二一年にかけての戦後恐慌が終わった二〇年代は、金融資本成立期の重工業ほどではなかったにしても、新興の自動車産業にとっては、市場シェアをめぐる戦国時代ではなかったかと思います。フォード社とこれを追撃するGMその他のメーカーの市場拡張合戦と生産能力拡張合戦です。そしてこれが雇用と賃金所得の増大を通じて結果的にフォーディズム・サイクルを成立させたのではないでしょうか。

 

―― 岩田先生の本から学んで、世界資本主義論というものを考えていたもので……。一国主義的に見ると、ケインズ理論ってあんまりないと思うんですが、世界市場って結局どこだったのかと言ったら、アメリカ市場なんですよね。アメリカがドルの垂れ流しのような形で、貿易収支を悪化させる形で、日本やヨーロッパ、東南アジアから輸入してくることで世界経済を引っ張ったという側面が……。

 

岩田 そうですよね。

 

―― 世界資本主義的な意味でケインズ主義が成り立ったんじゃないかという見方をしているんですがね。

 

●IMFはケインズ政策のための管理通貨体制か

 

岩田 そこで第二次大戦後の国際通貨体制が問題となるんですが、それは、大内さんたちが言うようなIMF体制、ケインズ的な国際管理通貨体制としてのIMF体制ではありませんよ。

戦後通貨体制の構想に当ってケインズ案とホワイト案が喧嘩をやってるでしょう。あれは、両方ともナショナルインタレストを踏まえた極めて現実主義的な、アングロサクソン的な対立で、ケインズ案は、ドルと、スターリングエリアの基軸為替であるポンドとの、金決済を排除した決済同盟、いわゆる清算協定の提案ですよ。これに対しホワイト案は、ドル・金決済を基軸にするドル一元体制の提案で、世界の金準備の三分の二を独占していたアメリカが戦後世界経済に対する単独ヘゲモニーを狙ったものでした。

 けれども、国際通貨体制とは、実体的には世界市場の為替・金融システム、信用システムのことでして、現実の世界市場関係を反映する以外になく、国際条約や国際協定によって成立するものではありません。基軸為替は世界市場の事実上の中央信用貨幣、中央銀行券であり、それを機軸とする国際金融システムは世界市場の事実上の中央銀行信用システムですが、第二次大戦後の世界でそれを担えるものはドル為替しかなく、国際金決済を基軸とするドル為替の世界市場への供給がこの事実上の中央銀行システムの世界経済に対する信用拡張機構でした。それは、本質的には、一九世紀以来イギリスのポンド為替が担ってきた役割と同じです。

 アメリカはホワイト案を中心とするIMF体制をイギリスに押し付けたわけですが、実際にはそうはいきませんでした。戦後のドル不足は深刻で、四七年のアメリカの大型借款によるポンドの自由交換性回復も一月とは持たなかったからです。またドル為替の世界市場への供給は、IMFとは無関係なアメリカの直接散布でした。マーシャルプランとして知られるヨーロッパ復興援助計画、朝鮮戦争への軍事支出、ヨーロッパ再軍備への軍事支出、ベトナム戦争への軍事支出等々がそれです。

これらが世界市場に対する中央銀行的な信用拡大機構として作用し、国民経済に対する各国の中央銀行信用の拡張を可能にし、これら諸国の復興・再建とその後の発展を金融的に促進したわけですが、しかし、これを背景に西ヨーロッパ諸国がようやく為替の自由交換性を回復した五〇年代末には、すでにドル・金決済の危機が端緒的に始まっていました。ロンドン自由金市場における六〇年の金価格の高騰がそれですが、これを契機に急遽結成された「国際金プール」によるロンドン自由金市場での金売却操作がその後の事実上のドル・金決済機構となりました。これはドル為替の金決済が、もはやアメリカ経済の実力によってではなく、西ヨーロッパ諸国の対米協力によって維持されていることを意味しました。だがそれにもかかわずアメリカはベトナム戦争の泥沼にはまり込み軍事支出を増大させたわけで、その結果が六八年三月の国際金プールの崩壊、事実上のドル・金決済の停止でした。

 僕は、六四年刊行の「世界資本主義」で、ドル・金決済の停止は不可避であり、それは三〇年代型の世界経済の分断とブロック化を結果するであろうと予測したのですが、少し早とちりでドルの実力の過小評価でしたね。七一年のニクソン宣言はドル為替の金決済のデフォルト宣言でしたが、それにもかかわらずドルは世界市場の基軸為替の地位を保持し、西ヨーロッパ諸国の対米協力からドルを解放し、返ってドルのヘゲモニーを回復することになったからです。

 その後の推移とその性格については、後で取り上げることにして、IMF体制に話を戻しますと、要するにそれは一度も現実の経済的機構として機能しなかったということです。そのなれの果てが近年の累積債務国への金融的梃入れ機関への転落でしょう。これはしかし、累積債務国の債務デフォルトを防ぐための貸し手保護にすぎません。七一年のニクソン大統領のように、累積債務国も、尻をまくってデフォルト宣言をした方がはるかに合理的で一挙的な解決となったでしょう。

 ここで少し視点を変えて降旗君のフォーディズムの話に戻り、第二次大戦を支えた軍事生産力と戦後資本主義の高度成長を支えた生産力との関係を取り上げてみましょう。第一次大戦は塹壕戦と砲撃戦の戦であったのに対し、第二次大戦は機甲部隊と航空部隊の戦、したがってこれを支える機械工業の戦だったのですが、この機械工業がフォーディズムの生産力的な基盤になったというわけですか。

 

●フォーディズムはどんな役割を演じたのか

 

降旗 そういう意味で言うと、基軸産業の生産力が体制の性格を規定する。例えば帝国主義段階の場合には、鉄道と結びついた鉄鋼業です。どこの国でもそうですけど、日本でも、明治維新以後、郵便とか教育とかと並んで、直ちに幹線鉄道を引く。日本は早期帝国主義国家ですから、軍事輸送の役割りが非常に大きいからかなり急速に鉄道を引いてしまう。これはドイツも同じです。

 そうすると急速に鉄道網は満杯となる。それ以後はどうするかというと、過剰資本を貸し付けて途上国に鉄道を引かせることになる。これは二十年とか三十年の長期にわたってお金を返すという形になりますから、その意味で強力な政治的支配関係を維持しなくちゃいけない。つまり完全に独立されたらこんな支配はつづけられない。

 そうしますと、先進国が植民地を支配するというのは、実は鉄道と鉄鋼という両生産構造と密接に結びついている。

 ところが自動車産業というのはそうじゃない。フランスのレギュラシオン学派は、外延的発展に対する内包的発展といいます。内包的というのは、国民の耐久消費財を作り出すことです。これはフォードが言った言葉――多少伝説化されていますけど――で、過剰生産力を海外に持って行って帝国主義的に収奪する必要はないんだ。つまり労働者にまで自動車を普及させてしまって、みんなが車に乗れるような形で生産を回転させていけば、それこそ内包的な発展になるわけです。そしてアメリカでは事実そうだった。

 日本もそういう意味では、最初は内包的発展をずっとやってきた。もちろんそれがある一定の段階になると輸出に向かっていくことになるが、しかしこれは鉄道―鉄鋼という形で発展しているシステムとは全然違う。自動車というのは新しいライフスタイルをつくりだします。そのライフスタイルというのは、二九年恐慌で破綻をきたしながら三〇年代に流れ込んでいってニューディールと結びつく。主要生産物は車ですから当然、高速道路がなくてはいけない。そのハイウェーは国家が作るわけですね。

 したがって国家は財政をフル稼働させて、公共事業――その結果の赤字財政がいま問題になっていますね――でハイウェーを作る。これで景気にアクセルをかけながら、同時にハイウェイの延長によって車の生産と消費を上昇させるという形でぐるぐる回りだす。

 だから、車の生産と、労働者の中産階級化と、それからニューディール政策の公共投資というのが三位一体となって回転し始めた。それが三〇年代に作られた現代資本主義の物質的基礎でしょう。

 

●戦時生産力は戦後に何を残したか

 

降旗 さらにそれが戦後、西ヨーロッパと日本に飛び火して、IMF体制に擁護されながら順調に発展していった。それが現代資本主義の一時代を形成した。もとをただせば、第一次大戦の――第二次大戦でさらに増幅されますが――、総力戦の結果としての、重化学工業生産力の飛躍的拡大の結果です。

 

岩田 機械工業の総力戦であった第二次大戦を起点にしてヨーロッパや日本でもアメリカ型のフォーディズム・サイクルが戦後に確立したというわけですね。

 

降旗 もちろんそうです。連合艦隊がつくられ、戦車がつくられ、最後に飛行機まで行く。

そういう形で発展させた軍事的生産力を維持したのはアメリカです。ヨーロッパは戦場ですから。戦争が終わるとアメリカはその肥大化した生産力を、戦争以外で処理しなくてはいけなくなる。それが自動車であり電気製品だったわけですね。そこで新しい資本主義の回転がはじまる。

 これは第二次大戦では、もっとスケールが大きくなる。石油化学と、オートメ化と、コンピューターの登場です。その意味では大量生産のスケールはさらに大きくなる。それを内包化した自動車産業が、世界的に拡大して、各国の基軸産業となる。現代の資本主義国家がやってることはみんな同じで、管理通貨制の下で公共投資をやって、道路を建設し、福祉に金を投下します。失業率を縮小させます。この高度成長のもたらす財政剰余は社会保障に使われ福祉国家が実現される。労賃を上げて、労働者が三種の神器を持てるような構造に変えるわけです。

 第一次世界大戦以後のアメリカン・ウェイ・オブ・ライフの成立とか、第二次世界大戦後の日本や西ドイツにおけるアメリカナイズされた生活様式の成立というのは、第一次世界大戦以後のマルクス・レーニン主義運動が対象にしたプロレタリアートと大きく違ってしまった。先進国の労働者は中産階級化し、イデオロギー的にはプチブルジョア化した労働者といわざるをえないでしょう。

 労働者が大量にプチブルジョア化した場合に、マルクス・レーニン主義の革命運動ができるはずがない。この高度成長期は現代資本主義において一つの時代を形成したんじゃないか。もちろん、帝国主義段階は僕は終ったと思う。フォーディズムないし福祉国家として総括される帝国主義段階以後の一つの時代は、大体、七〇年代まではかなり順調に続いてきた。

 最後にはドル危機が出てきてIMF体制は壊れます。しかし、そこまでは一つの時代として、つまり実体的な根拠のある一つの時代と見ていいんじゃないか。

 そして八〇年代以後の金融バブルの吹き上げとその崩壊、いわゆるグローバリゼーションとIT革命、これが次の時代の生産力構造を準備しつつあると思います。

 ですから、さっき言った九〇年からの不況というのは、僕は過渡期の不況だと思います。だから長期化するし、かなり深刻になるんじゃないかと思いますね。

 

●日本資本主義は大不況期に突入したのか

 

―― その過渡期の不況というイメージは、一八七〇年代、一九世紀末の大不況になぞらえられるようなものですか……。

 

降旗 それもあるし、三〇年代の長期不況もありますね。

 

―― その場合、跛行性というんでしょうか、先ほどから拘ってますけど、日本資本主義が特殊に落ち込んでいるという面がかなりあって、僕は、実は、九二年段階までは軽微なリセッションで終るんではないかと思っていましたね。それはやっぱり、日本政府がここまで無能であるとは誰も……。

 

降旗 しかし、実体的に見て、八九年頃日本の自動車の生産力は一四〇〇万台になった。そして走り回っているのが七五〇〇万台です。一億二〇〇〇万の人口の中で七五〇〇万台の車が走り、そこで一四〇〇万台の車を作って、大体五〇〇万台を内需として消費して、あとは輸出しているわけですね。これが日本の自動車生産のピークだったと思いますよ。これが益々増えていくということはあり得ない。つまり七五〇〇万台が八〇〇〇万台になり九〇〇〇万台になり、一億二千万台になんてことはありない。僕なんか免許証持ってないし、子供もいるし老人もいる。

 つまり日本の高度成長を実体的に支えた自動車産業は、物理的に限界になっている。それ以後は明らかに政策的ミス。政治家は公共投資をやって刺激をし続ければ、乗数効果で経済の規模も成長も上がっていくと考えた。高度成長期はそうですね。高速道路を延長していけば、さらに車の利用度は高まって経済は拡大し、回転しつづける。だけどそれをすでに限界に達した段階でやってもしょうがない。それをやり続けて結局財政破綻を引き起こしたんだと思いますよ。

 

―― ただ、消費というのは際限のないもので、商業主義というのは、別荘を買ってそこにもう一台、二台ということを平気で煽りますからね。そういう意味での限界はまだままた先にあると思うんですね、ある意味で。セカンドハウス構想であるとか、セカンドカー構想という話になっていくわけですから、制約がない。

 

降旗 いや、現実の経済はどうもそうはならないんですね。

 

―― ええ。そこはなぜかというと、僕は金子さんと同じで、不良債権処理の問題、これが決定的に先延ばしされてきている。小泉内閣がようやくやると宣言して、本当にできるかどうかというのが注視されているところだと思いますけど。九一年から丸十年ですね。全然手がつけられていない。

 

降旗 不良債権問題を先延ばししてきたということは、単なる政策ミスだけの問題じゃない。そうじゃなくて、日本の政治機構、官僚機構、それに結びついたビジネスの構造、公共投資と癒着した形で政治権力を維持してきた結果でしょう。

 さっき問題になった会社主義も、僕はその一環だと思うんです。労働者まで含めて会社にロイヤリティを尽くさせるという形で総動員するでしょう。そのうえで、ブレッシャーグループが非常に整然と位置づけられて、それが自民党と社会党との対立関係の枠組みの下に、絶えず自民党政権が維持できるような形で展開していく。

 総評の方は春闘を繰り返しながら、高度成長の後追いをして、賃金を積み増しするというだけの役割りになっています。労働者組織も体制内で非常に分担がはっきりしているわけです。これは、ある意味で住み易い社会です。高度成長が終わってもこれが変わらなかった。つまり、戦後出来上がった上部構造として変わることなく維持されつづけた。

 ところがもう、八〇年代で生産力的にはピークに達しています。そうすると、それ以後は体制は腐敗する以外にない。その矛盾が、破局的な財政赤字となって出てきたのです。

 

―― やっぱり日本資本主義の特殊性というのはそこなんですか……。

 

●金融資産バブル、それはどこから来てどこに向うか

 

岩田 その原型がアメリカの二〇年代に出てきて戦後の日本で異常膨張したというわけですね。僕なんかの観点は、自動車やそれに関連する道路建設や住宅建設でそんなにダイナミックに再生産の拡張を引っ張れるもんじゃない、むしろそれらをめぐる業界の市場シェア拡張合戦、生産能力拡張合戦が結果としてそういうフォーディズム・サイクルを創り出したということなんですがね。だから、いわゆる寡占体制が出来て業界の縄張り関係が固定化すると、市場シェア拡張合戦のダイナミズムが衰弱する、そういう飽和点に達するのは数年あるいはせいぜい十年だというのが僕の考えです。

 飽和点に達するとどうなるかというと、いわゆるケインズ的情況、つまり投資需要が停滞して金融市場に投資先のない過剰資金がだぶつくという状況です。これが金融資産バブルの起動の背景でしょう。アメリカは二〇年代後半にはすでに潜在的にそういう情況にあった。それが二八年からの金融資産バブルの急膨張となり、その資産効果で経済全体も好況的拡張となるのですが、そのクラッシュが二九年恐慌ですわね。そういうシナリオを今日の資本主義がもう一度繰り返すのか、それとも別シナリオの展開となるのか、そこが問題ですね。

 さっき司会者が言った点ですが、消費需要の飽和なら、資本主義はあの手この手を使ってそれを掘り起こす手段をもっている。けれども生産拡張のエネルギーの衰退、投資需要の低迷はそう簡単にいかないわけです。

 ケインズの政策論は、こうした投資需要の低迷から生ずるいわゆるデフレギャップを公債発行による政府需要によって穴埋めするという政策論でしょうが、実際のニューディール政策はどうだったのでしょうか。僕なんかはその事後的な理論的合理化が「一般理論」じゃなかったかと思っているんですが。

 

降旗 さっき言った、ニューディールの登場です。つまり、管理通貨制のもとで国家が政策的に経済に介入する。そしてそれが第二次大戦後IMF体制-国際的通貨体制として資本主義の外延を保証することになる。日本は一ドル=三六〇円の固定レートという形で、それを維持するわけです。この中で高度成長が展開させてきて、それが七〇年代で崩壊した後も会社主義で労働力を総動員しながら企業にロイヤリティを尽くさせて徹底的に収奪する。そこにME化が重なってきて、生産力を上げていったというのが八〇年代の前半です。

 八〇年代後半からそれはバブル化してくる。原因は例の八五年のプラザ合意以後の構造です。日本は、円高で攻撃をされ、その中で過剰資本がものすごい勢いで動き出す。ME合理化のもとで需要はふえず、過剰資本の行くところがないから結局株と土地に行って、最後に吹き上げたというのが八〇年代末のバブルです。それが終った途端に、高度成長期の矛盾が全てさらけ出されたというのが九〇年代の長期不況と財政破綻の原因です。

 だから僕は九二年に、日本経済の構造的な転換が始まったと理解したのがそうです。この事態に日本の経済も政治も対応できなくなってきて、そのひずみが長期不況という形で出てきている。今の財政赤字の積み上げもその一つです。

 八八年に、高橋乗宜君と一緒に、御茶ノ水書房に頼まれて、編集して作ったのが、ムック『日本経済・危ない話』です。そこで僕たちは日本経済はもうピークアウトして、崩壊すると言った。そうしたら、それからバブルになって。景気が良くなり、この本は売れなくなっちゃった(笑)。

 

岩田 今の降旗君の話は、日本の戦後の高度成長は一ドル=三六〇円に国際的に支えられ、日本労働者の企業ロイヤリティによってパワーアップされたフォーディズム・サイクルで、その行詰りが金融資産バブルだというシナリオですね。それを裏返しますと、日本の戦後高度成長はその程度のものでしかなかったのかという問題になります。

 僕はそうじゃないという点を、さっき、古典的な金融資本の成立期におけるドイツ、アメリカの重工業独占体の設備拡張合戦を引き合いに出し、それとの比較で日本の戦後高度成長についておしゃべりしたわけですが。

 

―― その場合、日本一国で見ると、これはフォーディズムになっていないと思うんですね。高度成長ゆえに、日本国民の消費水準というのは劇的に上昇はしてるんですが、ただ労働分配率とか、GNPに占める消費の割合であるとか、貯蓄率とか、そういった指標でみると消費水準は他の先進国に比べて低いですね。

 

岩田 GNPの要因分析や寄与率分析ではそうなりますよ。GNPはいわゆる付加価値のフローの一定期間の期末合計ですからね。その拡大・収縮の重層的な動因分析、重層的な因果分析は経済学の重層的な理論、つまり体系的な理論によって推定する以外にないと思います。対外的なインプット・アウトプットを別とすれば、GNPの成長率の大きいときにも小さいときにも君の言うような結果となるでしょう。大きいときには従来の消費パターンを超える手元資金の残高の増大を、また小さいときは投資先のない過剰資金の残高の増大を表現しますからね。

 

―― アメリカは逆に、世界から消費してやっているわけですよね。ついに貯蓄率が九九年にマイナスになってしまったわけですよね。そういう形で借金をしまくって消費をするということで、まさに世界経済の……。

 

岩田 それは、アメリカの貿易収支赤字によって供給される過剰ドルのアメリカへの還流とそれによる金融資産バブルのいわゆる資産効果でしょうね。株価や地価は擬制的価値、マルクス経済学のいう擬制資本ですが、個々の企業や個人にとっては、いつでも現金化しうる貨幣的購買力の蓄積を意味しますから。それがノーブレーキでいつまで膨張するか、あるいはクラッシュするか。ソロスの「グローバル資本主義の危機」はクラッシュへの危機感でいっぱいですね。ソロスのいう「グローバルキャピタリズム」とはアメリカを中心とするグローバルな金融市場キャピタリズムですからね。僕自身はこの金融市場キャピタリズムは当分のあいだノーブレーキのジグザグ運転になるだろうと思っていますが、この問題は後に回しましょう。

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1.3 どこへ向うか、アメリカ金融資産バブル

 

●金決済停止後のドル体制、それはどんなシナリオを演じたのか

 

岩田 元の話に戻しまして、フォーディズム・サイクルでドイツと日本の戦後高度成長が説明できるかという問題です。この二つの国の発展が結局アメリカを中心とする世界経済のバランス関係を崩し、ドルを金決済停止に追い込んだわけですから。

これをアメリカサイドからいえば、連合国の兵器生産と戦時経済をほとんど一手に支えた強大なアメリカ産業が、なぜ、戦後のドル散布を輸出増大によって回収し、それをアメリカを中心に世界経済的に循環させる能力を失ったのか、という問題です。戦後のアメリカのドル散布は、一九世紀のポンド為替と違って、経済ベースの散布ではなく、政治的・軍事的ベースの散布であったとしてもです。

平たく言えば、降旗君は戦後高度成長をフォーディズムモデルで説明したのに対し、僕はそれを過当競争モデルで、つまり寡占体制の確立は経済の停滞をもたらすが、しかしその形成過程は市場シェア拡張合戦、設備拡張合戦を通じて経済の急激な発展を誘発するという過当競争モデルで、説明してきました。

こうした過当競争モデルを物差しにして戦後のアメリカ産業をみれば、ビッグビジネスの寡占体制は、重工業についてはすでに二〇世紀初頭には成立しており、また自動車産業では二〇年代末には成立しており、第二次大戦中のアメリカの兵器生産は、これらのビッグビジネスを中核とするものでした。こうしたビッグビジネスの寡占体制が戦後のアメリカ産業のダイナミックな発展をずっと制約していたのではないかと僕は思います。これが戦後のアメリカ産業に停滞基調をもたらしたわけですが、これをある程度カバーしその発展を誘導したのは、アメリカの世界的な再軍備とそのための兵器開発、兵器生産だったとみてよいでしょう。ちょうどその正反対が日本だったわけです。

ドイツの場合は日本とは少し事情が違っています。かってのドイツの主力産業であったライン地方の内陸型重工業は、「石炭・鉄鋼共同体」の結成によってフランス・ドイツ・ベルネックの共同管理、いわば戦勝国の間接的な共同管理の下に置かれました。そしてこれは、その後のエネルギー・輸送革命による内陸型重工業の衰退の負担からドイツ産業を結果的に解放することになりました。ドイツ産業が発展を開始したのは、朝鮮戦争を契機とするヨーロッパ再軍備のための産業機械の供給基地としてでした。これが戦後ドイツの基軸産業であり、その発展が結果的にフォーディズム・サイクルを創り出したものとみるべきでしょう。

 さてここで話をドル金決済の停止に移しますと、先にもお話したように、僕は、六四年版の「世界資本主義」では、それが三一年のポンドの金決済停止と同様の事態を引き起こすだろうと予想していました。ところが、七一年のニクソン大統領の金決済デフォルト宣言以後もドルは依然として世界の機軸為替の地位を保持したばかりでなく、西ヨーロッパ諸国の対米協力の制約からドルを解放し、返ってそのヘゲモニーを高める結果となりました。

機軸為替は、世界市場の中央銀行券みたいなものです。そいつが金決済の歯止めを失ってノーブレーキで膨張しはじめた。そしてこれが、市況商品の世界的な騰貴を引き起こし、ついに七三年には第一次石油ショックとして知られる石油価格の急騰へと発展し、欧米・日本では賃金・物価の急激なインフレスパイラルを引き起こしました。僕はこれを見て急遽さきの予想を転換し、ドル・金決済の停止は、三〇年代とは違って、過剰ドルを燃料とするノーブレーキのインフレスパイラル、先進国では賃金・物価のインフレスパイラルになるんじゃないかと予想しました。

 ところが日本をも含む資本主義諸国は、僕の予想に反して、これに急ブレーキをかけたんですね。七四年不況がそれですが、この不況を転換点にしてこれら諸国はアクセル、ブレーキのノロノロ運転、イギリス人の言うゴー・ストップ運転、いわゆるスタグフレーションとなりました。したがって僕は、一般の認識とは少し違って、むしろこのスタグフレーションを相対的に評価しました。過剰ドルの膨張と為替相場の不断の不安定性にもかかわらず、なおまだ資本主義はブレーキをかける能力を完全に失ったわけではなく、かなりガタがきているが、まだブレーキ能力をもっているという点からです。

 ところがです。八〇年の第二次石油ショックとその後のラテンアメリカの債務危機を契機にして、また増大するアメリカの貿易収支赤字とアメリカの相対的な高金利を背景にして、事態はさらに一転回しました。累積する過剰ドルのアメリカへの還流とこれによる金融資産バブル、擬制資本バブルの起動がそれです。

これに対応するジャパン・マネーの流出は、八〇年代のピーク時でGNPの五%ほどにもなりましたが、おそらくこれは第二次大戦後の世界で最大レベルでしょう。というのは、戦後のアメリカのドル散布は絶対額では大規模でしたがGNP比ではそれほど大きなものではなく、また第一次大戦前夜の海外投資の最盛期にはイギリスでGNPの一〇%、フランスで八%、ドイツで五%のレベルに達していましたから。

またこれと並行する日本の金融資産バブルは、八五年以降、日本産業界の円高悲鳴の大合唱と内需拡大への国際的・国内的圧力によって急膨張し、スピードオーバーで九〇年代初頭にはクラッシュしましたが、その最盛期には株式時価総額や取引高ではアメリカをはるかに上回っているほどでした。

アメリカの金融資産バブルは、八七年の中間的破綻を経て、九〇年代の日本バブルの破綻にもかかわらず、ヨーロッパ・マネーとジャパン・マネーの流入を燃料にしてその後再膨張を開始し、ジグザグ過程を繰り返しながら今日にいたっています。

そこで問題は、アメリカを中心とするこの金融資産バブル、ソロスのいうグローバルキャピタリズム、金融市場資本主義は、果たしてブレーキ機構をもっているのか、それともノーブレーキのきわどいジグザグ運転を続けるのか、ということになりますが、果たしてそれがソロスの心配するようなバスト、クラッシュとなるでしょうか。クラッシュするとすれば、第二次大戦後の世界で初めて世界金融恐慌の引き金を引くことになりますが……。侘美大恐慌論もおそらくそれを心配しているのでしょう。

 

●クラッシュか、ノーブレーキか、アメリカ金融資産バブル

 

降旗 そうならなかったというのは日本やEUからアメリカへお金が流れ込んでいるからです。何故お金が流れ込んできたかというと、その方が利益があるからです。

 つまり、そのお金を日本で使うよりアメリカで使った方が有利だからです。ということは、アメリカの方にその中に、生産力を上昇させてお金をひきつける構造があるからなんです。それは明らかに、九〇年代の中期からは、IT革命による生産力の上昇があったからです。いわゆるニューエコノミーが基礎にあって世界中のお金をひきつける。お金をひきつけるから株も上がり、景気もあがる。しかも国民の七〇パーセントに及ぶ資金が株式投資に入ってきていますから、当然消費も拡大する。そういう形で経済は回りだします。

 つまり資本主義なんだから、どういう構造であれお金が回って生産力が上っていったら体制は維持される。それはバーチャルな発展だと言っても仕方がない。ちろんそれは限界があります。しかし消費財中心であれ、生産財中心であれ生産力の発展には限界があっていつかは恐慌になる。

 ですからわれわれとしては、どうしてそういう形でお金が動き、生産力が上がるかというその仕組みを明らかにすればいい。そうするとその限界も明らかになる。限界というのは、アメリカの国際収支の赤字がますます累積していくという形ででてきている。他方日本の方では、財政赤字がますます積み上げられていき、処理できなくなってきたという形であらわれている。

 

岩田 クラッシュしないとすれば、ノーブレーキのきわどいジグザグ運転となり、潜在的に危機を深めるということですか。……降旗君もちょっと触れているように、九〇年代初頭からのアメリカ株式市場の再膨張は、八〇年代とは違い、IT株主導、ナスダック主導ですが、ナスダック関連産業は、ビッグビジネスの支配するアメリカの主力産業ではなく、その外側で発展した西海岸的な、ジーンズスタイルのよく似合う新興産業です。その新興産業が九〇年代のアメリカ株式市場の急膨張を主導したことには、二つの特別な意味がありますが、この点は後で僕のほうから持ち出しましょう。

 

降旗 そうです。日本の方ではGNPをはるかにこえる財政赤字を積み上げてしまっているから、構造改革と言って、本当に二、三年で不良債権の清算と財政再建をやったら大変なことになります。これはものすごいデフレ圧力です。一種の恐慌状態はさけられない。それはできないと思う。

 そうなると、やっぱり危機の繰り延べになる。それにしても最終的には財政赤字は処理しないといけない。いま大蔵省でやっているように、消費税を二〇パーセントにするとか、二十五パーセントにするとかいいうことになる。しかしこれもできるはずがない。消費税を二五パーセントにしますという政治家が出てくるはずがない。そうなると、最終的には、ハイパーインフレの問題が出てくると思う。

 もうすでに、迂回路をとおして、日銀で国債を買っています。日銀資産の八割くらいは国債になっている。これは結局戦争中と同じ構造です。最終的には、インフレでしか片がつかない。千兆に達するほどの国家財政の赤字は。

 だから、危機だと言えばこれは確かに危機だと思うんです。この危機の構造を明らかにするのが現状分析の焦点でしょう。

 

●ついにクラッシュしたドットコム・バブル、それは何を予告するか

 

岩田 このへんで少し視点を変えましょう。降旗君は、さきほど、八〇年代以降の金融資産バブル、グローバリゼーションとIT革命とが次の時代の生産力構造を準備しつつあるという意味のことをいっていましたが、この点をもう少し突っ込んでみましょう。僕も、さきほど、九〇年代のアメリカ株式市場の膨張はナスダック主導だと言いましたが、ナスダック関連産業はビッグビジネスの寡占体制の支配するアメリカの主力産業――これにはメーンフレームの巨人IBMも含まれています――の外側にある新興産業です。まだそれほど大きな比重を持っていないこの新興産業に産業的投資先を失った世界の資金が群がり、ついにドットコム・バブルへ吹き上げたわけですが、これは、主力産業の行詰りと新興産業のグローバルな台頭を予告するものではないでしょうか。君の言う次の時代の生産力構造の登場がすでに端緒的に始まっていることを意味すると僕は思います。これがどんなシナリオの展開となるのか、またそれが世界史的に何を意味するかは、今日の中心問題だと思いますが、どうも紙数オーバーのようですね。次号回しとなりますか。